最近の集中豪雨や台風の影響など、大雨による被害が全国で多発しています。
その中でも、ダムの緊急放流という言葉を耳にする機会が増えてきました。
2018年西日本豪雨の際には、愛媛県野村ダムの緊急放流により肱川で洪水が発生していますし、2019年台風19号の際には、東日本の6か所のダムで緊急放流が実施されました。
とびっくりする方も多いと思いますが・・・。
今回はダムの緊急放流の意味とその対策をご紹介します。
ポイントは3つです。
②緊急放流をしない為の対策として事前放流というものがある
③事前放流が出来るダムは全国で約4割しかない、しかも事前放流する為には条件がある
ダムの緊急放流の意味とその対策とは?
ダムはなぜ緊急放流するのか
現在ダムの役割の一つに洪水調節があります。
これは大雨により河川の水位が一気に上昇して氾濫するのを防ぐ為、ダムに水を貯めこんで河川氾濫を防ぐのです。
ただしあまりにも長時間大雨が続いたり、1時間に100mmを超えるような雨が降った場合、ダムの貯水率が100%を超えてしまう事態になります。
ダムの水位が上昇しすぎてダムの堤頂(一番上の道路部分)から水が溢れるような状態が続いた場合には、最悪ダムが決壊してしまう恐れがでてきます。
ダム決壊を防ぐ為に、水位を今以上上げない為に行われるのが「緊急放流」なのです。
この緊急放流は、ダムへの流入量以上の水を流す事はありません。
雨が弱まったりしたらダムへの流入量は減りますので、放流量も減少します。
結局はダム周辺に雨がどれくらい降るのか、どれくらいの時間降るのかを出来るだけ正確に予測できるかが、ダムの運営の鍵となっているのです。
緊急放流を防ぐ為にダムの水を事前に抜いておくのが「事前放流」
では緊急放流を出来るだけ実施しないように、何か対策はあるのでしょうか?
真っ先に思う事は、雨が降る前にダムの水を抜いておけばいいじゃないか、ということです。
これが「事前放流」と呼ばれているものです。
極端な話、数日後台風で大雨になりそうだと事前に分かっているんだったら、ダムの水を全部抜いて空っぽにしておけば良さそうですよね。
それが現実的には大人の事情で難しいのです。
事前放流が出来ないダムが全国で約4割ある!
現在日本において、事前放流が出来るゲートを設置しているダムは約4割程にすぎません。
ダム建設が多かった数十年前は技術的な制約が多く、事前放流ゲートをダム本体の下部に設置する事が難しかった理由があるようです。
写真のダムは香川県にある門入(もんにゅう)ダムです。
このダムは1999年に完成した新しい多目的ダムですが、このダムは自然調節方式といってダム本体の上側にある四角いゲート部分から勝手に水が放流される仕組みなのです。
ゲートの上げ下げで放流量を調整する事はできませんし、もちろん事前放流用のゲートもありません。
ダムの下の方からチョロチョロ水が流れていますが、これは河川維持の為水を流しているだけで、事前にダムの水を抜いておくほどの能力はありません。
香川県がある瀬戸内海地方は昔から雨量が少ない地域であり、ダムから水が溢れてしまうような大雨になるような事はほとんど無いという理由から、このようなダムが作られたのです。
このように、事前放流できないダムが全国各地にあるのです。
しかし昔と違って雨の降り方が激しくなっていますので、今後事前放流ゲートを設置しなければならないダムは増えると思います。
でもそう簡単にはいかないのです!
事前放流ゲートを設置するのに莫大な時間と費用がかかる
ダムが完成したあとに事前放流ゲートを設置するには、時間やお金がかかります。
ダムに水が貯まった状態のままでは工事する事ができませんからね。
写真は2019年10月に私が撮影した、徳島県の長安口(ながやすぐち)ダムです。
かなり山奥にあるダムですが、黄金色の四国ダムカードコンプリート記念カードが欲しかった私は、頑張って四国各地のダムを巡っていた時期でした。
ダムの左側で工事をしていますが、これは既存のダムを運営しながら事前放流ゲートなどを新設する為の改造事業なのです。
改造事業はほぼ終わっていますが完成までに5年弱かかっており、費用も約200億円かかっています。
長安口ダムがある那賀川流域では、以前から大雨による被害と渇水による被害が度々発生しており、国の事業として進められました。
このように、事前放流ゲートを設置するのには時間とお金という高い壁があるのです。
事前放流するには事前に利水者との協議が必要
事前放流ゲートがあるダムでも、大雨が降りそうだからと言って勝手にダムの水を抜く事はできません。
なぜならダムの水を利用している農業者や水道事業者、自治体など利水者の協力が必要なのです。
この時どのような協力が具体的に必要なのかは、ダムによって様々です。
例えば「事前放流実施要領を作成し関係利水者と整備局の承認を得る」と規則を定めているダムがありましたが、この規則では事前放流をするまでに多大な時間がかかってしまい、事前放流が出来る時間が短くなってしまいます。
2018年西日本豪雨での愛媛県野村ダムでもそのような利水関係者との協議に時間がかかり、事前放流するまでに一定の時間を要しています。
愛媛県の野村ダムに関しては、「もっとダムの水を抜いておけばよかったんじゃないのか?」とか「大雨が降っていた時点でルールに固執せず柔軟に対応すべきじゃないのか?」といった批判が出ています。
ちなみに2019年の台風19号では東日本の6カ所のダムが緊急放流をしたと最初にご紹介しましたが、実はこの6カ所のダムは事前放流を実施していません。
日本のダムはそもそも事前放流の明確な規則やルールがあいまいで、個別のダムに任せられているのが現状なのです。
野村ダムは事前放流を実施していましたが、結果的に予想以上の大雨になってしまいダムの緊急放流をせざるを得なかったとの事です。
また緊急放流に関してもそれぞれのダムに任されているのが現状で、2019年の台風19号の時に緊急放流した神奈川県の城山ダムのケースでは、当初午後5時に緊急放流すると発表していました。
その後同10時に変更し、最終的には30分早めた同9時30分に緊急放流をするなど、二転三転する判断になってしまいました。
これでは城山ダム下流の相模川周辺の住民の方も、「いったいいつ放流するのか?」となってしまいますよね。
今後国レベルでダムの事前放流に関して見直す必要があるようです。
ダムの事前放流は「空振り」リスクがある
さらにダムの事前放流には最後の壁があるのです。
それはダムの水を抜いたはいいが、雨が降らなかった場合誰が責任を取るの?という空振りリスクです。
事前放流しても雨が降らず、渇水になった場合農業者や水道事業者に損失が生じて、社会に重大な影響を及ぼしかねないのです。
こういう事情もあって、事前放流に前向きになれないダムが多いのです。
結局事前放流が「空振り」になってしまった場合、ダムと利水者の協議がまた必要となり補償はどうするのか話合われます。
ダム側としては、「空振りしてもダメ」「緊急放流してもダメ」と絶妙のバランスを取りながらダムを管理していく必要があるのです。
まとめ
国土交通省が設置した有識者の検討会は2018年12月に、事前放流に向けた体制づくりを提言しました。
今回の事前放流可能なダムかどうかの調査のうち、発電やかんがい向けの利水ダムも全国で約900基ありますが、その多くが事前放流が難しい構造であり、そもそも調査対象外でした。
国はこのような利水ダムでも改修費用を支援するなどして実施を求めていく方針との事です。
利水ダムの一例が、この愛媛県西条市にある志河川(しこがわ)ダムです☟
私達個人で出来る事は、自分の家の近くの河川の氾濫リスクをハザードマップで確認するなどして、被害を最小限にする為に必要な知識の習得と迅速な行動ができるかどうかだと思います。
以上、ダムの緊急放流・事前放流についてのご紹介でした。