2019年6月に、親による子どもへの体罰を禁止し児童相談所の体制を強化する指針を含めた改正児童虐待防止法と改正児童福祉法が参院本会議で可決成立されました。
一部を除いて2020年4月から施行されます。
最近になり、「親権」や「懲戒権」と言った言葉が頻繁にニュース番組などで取り上げられるようになってきました。
2019年1月に千葉県の野田市で、6月に札幌市で親による体罰が原因による子どもの死亡事故が相次いだ背景があります。
特に野田市のケースでは、虐待を訴えてきた子供のアンケートのコピーを児童相談所が父親に渡していた事が後になって判明しています。
そのように子どもを守る権利がないがしろにされているような現状の中で、「懲戒権」そのものを無くすべきだとの声が大きくなっています。
今回は、「懲戒権」とはどのような権利で何が問題なのか取り上げてみます。
懲戒権とは何か
民法820条で、親権者は子の監護及び教育をする権利を有し義務を負うとされています。
そしてその権利を具体的に示したものの内、民法822条で定められている権利こそが「懲戒権」なのです。
この懲戒権を巡っては、親のしつけと称する体罰や暴力でさえも親の権利としてスルーされている事例が相当数あるとされています。
身体的虐待で子どもが骨折しているのに、親はしつけだったという言い訳は一般的というNPO団体の話もあります。
児童相談所が虐待通報を受けて子供の保護に駆け付けた際にも、親からしつけだったと証言されて懲戒権を持ち出されるとその後の対応に苦慮するケースも発生します。
その後無理やり子供を保護した結果、親から「子供を児童相談所に取られた!」とトラブルに発展してしまうのです。
民法で規定している「必要な範囲内」というのも実にあいまいで、人によっては暴力でさえも必要な範囲内だと考える親もいるでしょう。
このように、「懲戒権」とは実に曖昧であるにも関わらず、親に与えられた強力な権利だという事になります。
懲戒権の具体的な問題点とは
親の暴力や体罰でさえも、懲戒権の範囲内だと自らの行為を正当化する口実に利用されているケースが指摘されています。
それ自体も十分問題なのですが、それ以上に深刻なのは子供に対する教育や躾には体罰や暴力がある程度必要だという考え方が未だにあるという事です。
これは学校などの教育現場における暴力問題とも直結してきます。
最近ブラック部活という言葉を耳にするようになってきました。
これは生徒と保護者の意向を無視して部活動に強制入部させたり、生徒の人格を否定するような暴言や時には体罰を与えたり、顧問の体調を崩すほどのサービス残業を伴う部活動の事を指します。
この教育現場における部活動にもさまざまな問題があるのですが、以前から問題視されているのが指導時における顧問から生徒への体罰です。
日本の部活動は勝利至上主義的な活動になる事が多く、試合で勝つ為には多少理不尽な事でもOK!みたいな前近代的な考え方が未だに残っている事も多いのです。
しかもこのような考え方は、部活の指導者である顧問ばかりでなく部活動をしている子供の保護者にも一定数居るという事実なのです。
大阪市立桜宮高等学校における、バスケットボール部の体罰と自殺事件に関して
2012年12月22日に、当時バスケットボール部顧問の男性教諭がキャプテンを務める2年男子生徒に体罰を与えて、翌23日に生徒が自殺する事件が起きた
自殺した生徒は日常的に体罰を受けており、自殺前夜には30~40回程度殴られていたとされている。
その後の調査の結果、バスケットボール部以外の部活動においても顧問による体罰や暴行暴言が繰り返されていた実態を、2013年1月22日に当時の大阪市長橋下徹が明らかにした
なお2011年に、バスケットボール部顧問による他の体罰が通報されているが、その時は公にされる事はなかった
明らかに顧問による暴力事件であり傷害事件なのですが、これも教育や躾における体罰の「懲戒権」が間接的に関係している問題だと個人的に思っています。
しかもこの顧問に対して、事件発生後一定の保護者から擁護したり顧問を続けて欲しいとの声があったようです。
生徒を自殺に追いやった顧問を、そのまま指導者として続けさせて欲しいと願う保護者の部活に対する歪んだ思いが垣間見える事例だと思います。
全ては勝利の為に!
結果さえ出れば、暴力も理不尽も犠牲者が出る事もやむを得ない!
更にこれが社会人となっても続いてしまい、ブラック企業問題へと繋がってしまうのです。
「懲戒権」を巡る問題は、親のみならず教育現場である学校や社会である企業なども少なからず巻き込んでいるのです。
「懲戒権」はもはや社会全体の問題となっています。
ちなみに先ほどの大阪市立桜宮高等学校における当時のバスケ部の顧問に対して、大阪地裁は2013年9月26日に懲役1年・執行猶予3年の有罪判決を言い渡しています。
そして元顧問や検察側とも控訴せず、判決が確定しています。
海外における子供に対する体罰はどのようになっているのか
「懲戒権」の教育や躾と称する体罰問題は、海外の国でも例外ではありません。
イギリスでは名目上体罰は禁止されていますが、一部の教育者からは体罰容認の声が上がっているようです。
また一部の地域では、懲罰の記録を残したり手のひらを打つ回数を制限して体罰を容認しているようです。
アメリカでは州によっては体罰容認のところもあるようです。
このように海外の事例を見てもさまざまであり、一概に体罰が日本だけの問題だとも強く言えない実情もあります。
ただし日本と海外の場合を比較して決定的に違う事があります。
欧米の例を挙げますと、子供が親から体罰を受けた場合親権停止措置が取られる事があります。
年間当たりドイツでは1万件超、イギリスにおいては5万件の親権停止措置が取られています。
これに対して日本は100件を下回るぐらいが現状なのです。
日本の児童相談所における虐待対応相談件数が年間10万件を超えているにもかかわらずです。
児童虐待事件が発生する度に叩かれる児童相談所の問題点とは
2018年3月に東京都目黒区で父親からの度重なる虐待によって、船戸結愛ちゃん(当時5歳)が死亡する事件が発生。 これはニュースでも大きく報道され、改めて児童虐待の実態と児童相談所のさまざまな問題が指摘されました。 今回一般の人がなかなか知る機会のない児童相談所の実態と問題点を取り上げたいと思います。 …
また児童相談所が子供を一時保護した後の生活環境(一時保護所)があまりにも悪く、結局親元の方がまし!と子供が判断してしまい親元に戻るケースが過半数あるのです。
児童相談所における一時保護所の現状と問題点とは
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欧米で社会的擁護施設や里親制度が一般的になっているのも、子どもを社会全体で守って育てていく流れが出来ているからなのです。
反面日本においては、社会的に子どもを守る仕組みも体制も全く不十分なのが現状で、各家庭において親が責任をもって育児するという固定観念が強いのです。
子どもに対する体罰で脳が委縮変形して将来に深刻な影響が
厚生労働省の研究資料「愛の鞭(むち)ゼロ作戦」によると、体罰や暴言により子どもの脳に萎縮や変形が起きることが分かっています。
また親子関係の悪化や精神的な問題が起きやすいことが、国内外の研究でも明らかになっています。
マルトリートメント(不適切な養育)とも言われており、子どもの発達段階において脳に深刻な影響を及ぼす可能性があるのです。
国内でこの研究をしている福井大学の友田医師によれば、厳しい体罰を受けた事のある人の前頭前野(思考や創造性などを担う脳の最高中枢部分)の容積が19.1%減少して、言葉の暴力により聴覚野(音の処理を担う脳の部分)が変形していたとの事です。
ちなみに夫婦喧嘩においても、子供の脳に影響を及ぼすようです。
このように体罰や暴言による躾や教育に関して、科学的にも悪影響があるとはっきり分かってきているのです。
まとめ
幼少期に虐待を受けて育った子供が大人になると、そのまた子供に虐待をしてしまう傾向にある事は昔から指摘されています。
ここから読み取れる事は、躾と称する体罰をやるかやらないかという事だと思います。
学校の部活の所でもご紹介した通り、教育関係者の中でも暴力という名の元の「愛の鞭」はある程度必要だと考える指導者は意外と多いのです。
これは日本のスポーツ界にも言える事です。
ブラック部活とスポーツ界に蔓延する暴力についての現状と対策
2018年5月に日本大学と関西学院とのアメリカンフットボールの試合中に起きた悪質タックル問題。 この悪質タックル動画は、幾度となくニュースやワイドショーで繰り返し報道されました。 そしてこの問題は反則行為だけでなくその指導者である監督やコーチ、更には大学の理事長までも巻き込んだ社会問題となったのです。 …
「スポ根」と呼ばれるスポーツ根性ものの漫画やアニメ、ドラマが一昔前流行したのもそういう社会背景があるからでしょう。
全く科学的根拠が無いにも関わらず、です!
そういう前近代的な考えはもう令和の時代で終わらせましょう!
平成の時代で解決出来なかった大きな課題です。