2018年5月に日本大学と関西学院とのアメリカンフットボールの試合中に起きた悪質タックル問題。
この悪質タックル動画は、幾度となくニュースやワイドショーで繰り返し報道されました。
そしてこの問題は反則行為だけでなくその指導者である監督やコーチ、更には大学の理事長までも巻き込んだ社会問題となったのです。
これは、今まで日本の体育会系のスポーツ界が抱えてきた問題や歪み、闇が蓄積されて噴出した結果だと思っています。
ではそのスポーツ界が抱えてきた問題とは何でしょうか。
しかもその指導者が大半の権利を握っており、指導内容・指導方針は当然の事、試合出場メンバーなどの人事行為も全て握っているという事です。
その結果、ひたむきに真面目にスポーツに取り組んでいる子供や学生がどんどん潰されている現状があります。
なぜこのような異常な事態が令和になった今でも繰り返されているのでしょうか?
今回はこのスポーツ界における学校の部活問題を中心に、現状と対策についてご紹介します。
ちなみに今回私が参考にした書籍はこちらです。
「少年スポーツ ダメな大人が子供をつぶす!」
永井洋一著 朝日新書 2013年9月30日発行
著者はスポーツジャーナリストとして活動している傍ら、幼児から大人まで幅広い年代のサッカーコーチとしての指導経験を持っています。
まさに今回のスポーツ界の現状を知る上で最適な書籍だと思います。
勝利至上主義が生み出すさまざまな問題
2012年12月22日に、大阪市立桜宮高等学校において当時バスケットボール部顧問の男性教諭がキャプテンを務める2年男子生徒に体罰を与えて、翌23日に生徒が自殺する事件が起きています。
自殺した生徒は日常的に体罰を受けており、自殺前夜には30~40回程度殴られていたとされています。
その後の調査の結果、バスケットボール部以外の部活動においても顧問による体罰や暴行暴言が繰り返されていた実態を、2013年1月22日に当時の大阪市長橋下徹が明らかにしました。
なお2011年にバスケットボール部顧問による他の体罰が通報されていますが、その時は公にされる事はなかったようです。
明らかに顧問による暴力事件であり傷害事件なのですが、この話には更に続きがあります。
この事件後の保護者説明会で、暴行を行った顧問を擁護してバスケットボール部の指導を続けて欲しいと願う保護者の声が相当数あったとされています。
その理由は、この顧問が率いたチームがインターハイ出場常連校にしたという実績があるからでしょう。
チームの勝利の為なら多少の犠牲はいとわないという考えが、顧問のみならず保護者にも蔓延しているという象徴的な事例です。
その他にもスポーツにおける問題点はさまざまあります。
部活において根拠不明な練習方法や指導方法が蔓延している
日本のスポーツ界の問題点が凝縮されているのが、中学校の部活であると私は思っています。
さすがに最近では練習中に水分補給を禁止するような指導法を耳にすることは無くなってきました。
熱中症予防には水だけでは不十分で、塩分などのナトリウムも合わせて必要なのは現在では当たり前のようになっています。
我が家の中学生の子供はスポーツドリンクの持参も許可されていますから、親世代から見ると時代は変わったなとつくづく思う訳です。
また練習中に少しでも顧問にとって気に入らない事があると、すぐグラウンド周回を命じられるのも良く聞く話です。
更には厳しい上限関係です。
中学校の部活において上級生と下級生の壁は絶対的であり、上級生の言う事には下級生は無条件で従わなければならない事が実に多いのです。
どのくらい従わなければならないかはその部活それぞれなのでしょうが、それを顧問が放置しているか見て見ぬふりをしている事も多いのです。
上級生からの「しごき」や「かわいがり」といった暴力や暴言が常態化しているのです。
このように本来なら競技スキルの向上についていろいろ練習したり取り組むべき部活が、あまりにも理不尽な事や根拠が不明な事が多すぎるのです。
当然このような部活に耐えらなくなった部員は辞めていきます。
そして上級生や顧問の理不尽な指導やしごきに対して、従順に従う事ができる部員だけが残ります。
これが今まで無限ループのように体育会系の部活でくり返されてきたのです。
試合の出場権の全てを顧問が握っている
日本の部活において、試合に出場して勝つ事が目標である事が多いでしょうしそれ自体に問題はないでしょう。
しかしその試合に出場できるかできないかの選手選択を、全て顧問が握っているんだとしたら状況は変わってきます。
本来なら試合に勝つ為に最適なメンバーを人選したり、対戦相手に応じてメンバーを決めたりするのがセオリーでしょう。
しかし顧問が全ての権利を握っている部活における試合とは、顧問が気に入っている部員や自分のやりたい方法で試合をする事なのです。
勝利至上主義なのですが、そこには顧問の意向が相当強く働いている訳です。
結果的に部員は少しでも顧問に気に入られるように練習するはめになります。
これが、どんなに理不尽で根拠の無い練習方法や指導が永遠と蔓延している理由なのです。
もちろん全ての部活動にこれが当てはまる訳ではありません。
顧問である監督とコーチ役に分かれている所もあるでしょうし、部員のスキルや能力を的確に見極めてチーム編成をしている所もあるでしょう。
ただし残念ながら顧問に全ての権限が集中している部活が多いからこそ、スポーツ界におけるさまざまな問題が浮き彫りになってきたのです。
その背景には中学校の部活における顧問の成り手が不足しているからです。
中学校の部活の顧問の内、約半数において競技経験の無い教員が部活動の顧問になっているとの調査結果もあります。
そのような状況の中では、教員に対して顧問に就任してもらうだけでも苦慮する学校側の事情というのもあります。
まして独裁型の顧問は自らの指導経験やスキルなどおかまいなしに指導する事も多いでしょう。
しかし学校側がこの事を指摘して改善させようとした場合、顧問がへそを曲げて辞めてしまうと後任が居ないのが現状なのです。
結果学校側も見て見ぬふりをしているのです。
部活動が子供の教育の場として利用されている
そもそも中学校の部活動は何の為にあるのでしょうか?
文科省が運動部活動の意義としてホームページ上で公開している内容を一部をご紹介します。
部活動を自発的・自主的活動として児童生徒が取り組む事により、学校生活も充実するよ!という内容でしょうか。
現状の部活動において今までご紹介してきた通り、顧問の言いなりになっているのが現実です。
そこに児童生徒の自発的・自主性を重んじる空気は一切ありません。
特に勝利至上主義が蔓延している運動部においては、更にこの傾向が強いのです。
そして試合に我が子が出場して活躍する事を良しとする保護者の存在です。
この三者が密接に関係しているからこそ、部活のさまざまな問題を複雑にしているのです。
学校 | 試合や大会でチームが活躍すると学校の名前が知れ渡るメリットがある 顧問の成り手が常に不足しているので、細かい要望までは言えない状況 実績のある顧問に対しては、部活動に対して全権委任している所も。 学校教育の一環として部活動があるので、内申点の評価対象になっている |
顧問 | 競技経験の無い教員でも、部活の顧問に就任させられる人手不足な状況 部活動における膨大な時間外勤務が発生しており、それに対する見返りは極わずか 結果的に顧問に対して、学校や保護者が苦情・文句を言いにくい状況になっている |
保護者 | 子どもが試合に出場して活躍する事が第一目的 その結果、顧問の言う事に対して何でも聞かざるを得ない状況 練習試合や試合や大会当日など、保護者が役割分担してサポートを行う事がほぼ必須 競技経験が長くて試合で勝てる子供の保護者の声や意見が大きくなる場合がある 内申点にも反映されてくるので、特にスポーツ推薦などを考えている保護者にとっては学校生活において部活動が最優先になる |
この文科省をトップとする、学校・教員(顧問)・保護者がそれぞれの思惑で動いてしまっているのです。
自分にとってのメリットを受ける為には、相手に対してあれこれ意見を言える機会はほぼ無いのが現状です。
更にここで悲しい事は、この三者の中に当事者である児童生徒が居ない事です。
周りの大人のさまざまな思惑に振り回されているのが現実であり、これでは楽しく部活に専念できる環境ではありません。
児童生徒の自発的・自主性を重んじるという文科省の言葉も空しく聞こえるばかりです。
改善策は学校と部活を切り離す事!
では問題だらけの学校の部活動を、児童生徒ファーストにする為に何か方法はあるのでしょうか?
文科省においてもさすがに今の現状のままでは良くないとの認識はあるようで、外部指導員制度という新たな取り組みを進めています。
外部指導員とは、顧問である教諭と協力・連携しながら部活動のコーチとして技術的な指導を行います。
ここでのポイントは外部指導員だけで部活はやらないよ!という事です。
あくまでも学校の教諭である顧問が部活指導の中心的存在である事には変わりはなく、また学校教育の一環として部活があるのも全く変わりがありません。
この外部指導員制度は教諭の時間外労働の短縮が主な目的であり、部活動そのものの中身を変えようとする制度ではありません。
結果的に部活による問題が根本的に解決する事にはならないのです。
例えば欧米において、学校の部活という概念は無く地域毎のクラブに入って活動するのが一般的になっているようです。
簡単に日本の部活と海外のクラブチームの内容を比較してみます。
日本における部活 | 海外におけるクラブチーム | |
指導者 | 学校の教諭がそのまま顧問になる 競技経験が無い教諭が顧問になる事も多い 人手不足なので実績に関係なく任期は決められていない | クラブチーム公認の監督やコーチが指導 競技経験や指導歴が豊富 実績により監督や指導者が変わる |
試合や大会 | 総体やインターハイなど、学校単位で実施される トーナメント戦が多く、勝利至上主義になりやすい | 年齢によって開催される試合形式などさまざま(U-15、U-18などサッカー形式) リーグ戦が多く、長期的な視野でチーム編成や育成が可能になる |
学校 | 部活動と内申点の関係があるので、部活動参加が半強制になっている学校も多い 大会や試合でチームが活躍すると学校の知名度が上がる為、勝利至上主義に加担している側面もある 上級生と下級生の間にトラブルがおこりやすい | 地域のクラブチーム単独で活動する為、学校の教育方針に左右される事がない 年齢毎に活動する為、上級生と下級生のトラブルが少ない |
学校の部活から地域のクラブチーム主体の活動に変えていく上で、最大の壁はクラブチームが定期活動できる場所の確保です。
運動部ならグラウンド・体育館・プールなど主に学校の施設を利用する事になりますが、クラブチーム主体の活動となった時にこれらの施設の利用を学校側と決めていく必要があります。
でもそこは今まで既得権益で守られてきた側の論理が働きがちです。
学校側は何かと理由を付けて、クラブチーム側に使用を拒否する可能性が高いのです。
結局学校や文科省だけでなく、国全体としてスポーツの問題を抜本的に解決する姿勢が求められているのです。
学校の部活をクラブチーム主体にする事で、学校は本来の教育機関としての立場で専念できますし、教諭にとっても部活による時間外労働は無くなるはずです。
私にとってはやらない理由がないと思うのですが、長年積み重ねられてきた風習や慣習はなかなか変わらないのも事実です。
こう思っている方は、私が民法の第822条「懲戒権」について取り上げたブログ記事をぜひ見て頂きたいです。
科学的根拠に基づいて、体罰や暴言が子どもに与える深刻な影響について取り上げています。
スポーツにおける暴力や暴言などの諸問題は、思った以上に根の深いもので一つや二つの対策などですぐ解決できるような問題でもありません。
ただ少なくとも今まで見てみぬふりをされてきた問題が、表に出てきただけでも改善の兆しの第一歩ではないでしょうか。
まずは現状を一人でも多くの人に知ってもらうのと同時に、それに対して何でも意見を言う事が出来る仕組みを作る事が大切だと思います。